グラン・トリアノンとプチ・トリアノン

ヴェルサイユ宮殿には 多くの人が訪れますが
庭の奥に在るトリアノンや マリー・アントワネットの領地までは なかなか・・・
ここだけで一日がかりです
そこで特別に 細かく案内してみたいと思います

ヴェルサイユの庭園の中央 グラン・カナルに着いた所で右に折れます
ミニ列車も走る この大きな通りを進むと 左手に見える整然とした並木道
その奥に グラン・トリアノンプチ・トリアノンが並んでいます
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と・・ところが・・・新しい発見
いつからかしら・・・
トリアノン直行のバスが ヴェルサイユ市の3つの駅を通過して走っていたのです~
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このかなり派手なブルーのバスは トリアノンの目の前まで来ます
1時間に1本
(ヴェルサイユ・シャンティエ駅前 35分発)

ここ「王妃のグリル」と呼ばれる 庭園の北東サイドにある入り口から入場
庭園への入場が有料の夏でも ここからの入場は無料
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穏やかな景観
これを借景したホテルの テラスレストランが直ぐ横に
トリアノンパレス
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厳格なヴェルサイユ宮殿とは別に 
新しい家が必要になった ルイ14世 
既に造っていた「磁器のトリアノン」の敷地に
1687年モンサールのより グラントリアノンが建立されました
宮廷である ヴェルサイユ宮殿に対し
トリアノンは 王のファミリーの為の住居でした
ルイ14世は ここに義妹・娘婿・正妻の子供達の他
愛人達と(マダム・モンテスパンも) その子供達を住まわせました
晩年 正妻が亡くなった後 妾であったマダム・マントノンと秘密に結婚
彼女もここに住みました
義妹にはかなり嫌われたようですが
ルイ14世には 沢山の愛人とその子供達がいましたが 
多くは死亡した為 王継承者となる男子が決まるまでは 大変だったようです
結局 彼の曾孫にあたるルイ15世が即位したのは
彼が5歳の時
ところが ルイ14世
ルイ15世の後継人として マダム・マントノンに権力を与える遺言書を書いていました
でも・・・でも・・・ その遺言書は闇に葬られ 公開されなかったようです
権力を 王ルイ15世独りに集中させる為ですね・・・
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グラン・トリアノンは ヴェルサイユの領地の中で 最も洗練された建造物でしょう
ピンクの大理石で造られた小宮殿と えも言われぬ魅力的なフランス庭園
以後「大理石のトリアノン」と呼ばれます
ルイ14世の指示に忠実に従い グラン・トリアノンを造ったモンサールの描写によると
エレガントなプロポーション開放的
 甘く高貴なこの建築物には 誰もが魅了される」
イタリア建築に影響を受け 宮殿は平屋に広がり
王室内と庭園の間を結ぶ 柱廊=Periぺリがあります
このトリアノンの特徴である柱廊は 
王室ととの隔たりを無くし 王室に自然を取り込みます
王室の大きな窓からは 室内の何処の居ても庭園が見わたせるのです
甘い花の香りに囲まれた グラン・トリアノン
花の宮殿」とも呼ばれました
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Peristyle(柱廊)イタリアッぽい
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寝室 
現在ある家具は ルイ王朝のものではありません
繊細で美しく 稀少な芸術品であったと思われる当時の家具は
革命時に略奪され 消え去ります
ただ 鏡の周りの木彫刻(ボワズリー)などに 
ルイ14世の家族の時代のものが残されています(ブドウの彫刻など)
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この黄色いインテリアはナポレオン1世の趣味じゃあないかしら・・・
彼も皇后マリー・ルイーズと ここに暮した事があります
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回廊の突き当たりにある サロン
後の政府ド・ゴール仏大統領の住居だった時には 迎賓館として使用されました
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ここだけの話 壁に架かった多くの絵は 
裸に極薄の衣をまとっただけの 女性達を描いたものです
中央にいるのは 王か神だったのかも知れませんが 
何人もの女性が天使の様に描かれ 楽しそうにくつろぐ姿
庭園の池の周りで 水浴びする母親とその子供達の絵も沢山有りました
宮廷では 堅苦しい衣裳を身に付け 自由に身動きも出来ずにいるので
ここでは くつろいだ姿で 楽園の生活を満喫していたのでしょうか
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花瓶に入れた花の絵も 沢山
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個人的には この家具(コモッド)好き ルイ15世スタイルかなっ?
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ナポレオン1世の時代に 家具を再配置し 完全に内装しなおしました
時折 皇后マリー・ルイーズと 暮したらしたということです
どうりで家具がちょっと・・・悪趣味だと思った(失礼)
ナポレオンが好きな 黄色
皇后マリー・ルイーズは ナポレオン1世の二番目の夫人
(最初の愛妻ジョゼフィーヌとは 子供が出来なかった為に離婚)
オーストリアから 嫁いで来ました
マリー・アントワネットの姪にあたります
彼女もマリー・アントワネットと同じく トリアノンを愛し 
「田舎の村落」にも 新しく家具が配置され 復元されます
その後 ド・ゴール将軍による共和国制になると
共和国のゲストを迎える為と 
フランス大統領の住居として使用する事が推進されます
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時はルイ15世時代
1749年マダム・ポンパドール(ルイ15世の最愛人)に励まされた
ルイ15世は グラン・トリアノンに住みます
トリアノンの領地は 幼少時の想い出の家であり
音楽を聴いたり休息出来る 大きな喜びの場所となりました
そこに新しい庭園を 建築家ガブリエルに造らせます
幾何学的で対称的な庭園は その頃ブームが起きていたイギリス式庭園に対し
ア・ラ・フランセ」と呼ばれます
ルイ15世は うつ病だった様で 
マダム・ポンパドールは 王を楽しませようとしました
といっても 楽しんだのは彼女の方でしょうね・・・
王のお金で 沢山のお買いものをしたようです
彼女は 100以上の邸宅を持ってたらしいです
ルイ15世は 植物科学に大変興味を持ち
研究の為の大きな温室には 4000種類もの植物があったそう
海を渡り アメリカなど遠い外国にまで植物を探し
フランスに持ち帰らせ 研究したということです
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Le pavillon francais (フランス館
1750年 建築家ガブリエルによるもの
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ルイ15世が トリアノンの庭に造った建造物のひとつ
中央に広いサロン 
周りに4つの部屋(ブードワール・台所2つ・ガードローブ)で構成されています
ルイ15世と マダム・ポンパドールは
ここへ休息に寄り 庭を観賞した後
音楽を聴いたり 家畜園からの新鮮な乳製品や畑の野菜を食しました
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この大きなアーケードも 2つ造ってます
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花壇の花は いつでも移動して飾れるよう
鉢植えにされた状態で植えられています なかなか良いアイデア
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トリアノンでの くつろいだ生活が 気に入ったルイ15世は
これも マダム・ポンパドールの勧めで 
近くに動物園「メナージュリー」を造らせます
また野菜栽培の研究の為 庭の一画に菜園を作り
それは遊び・楽しみの為でしたが 
新鮮な乳製品や野菜を食せる事にもなりました

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さらに私達は グラン・トリアノンを出ると左手 
プチ・トリアノンへ 向かいます
あ~っ! パリのサロン・ド・テ「アンジェリーナ」が テラスを出してる~
つい先日は 無かったと思うけど・・・
プチ・トリアノンの入り口に 店構え
こんなところにまで ヴェルサイユ商戦は及んで来たのです・・・
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プチ・トリアノンは 数々の女主人に愛されました
ルイ15世のお気に入りだった あの有名なマダム・ポンパドール
「王の退屈を紛らわせる」事を願い
1762年 王室建築家のガブリエルに命じ この小さな城を造り始めます
でも彼女は その完成前に亡くなってしまいます
その後 ルイ15世の寵愛を受けたバリィ伯爵夫人が
(伯爵夫人と呼んでますが 元娼婦だったみたい)
1769年 完成したプチ・トリアノンに住む事になりますが
1774年 ルイ15世の死と共に彼女は追い出され 
マリー・アントワネットが その鍵を手にします
宮廷から遠ざかることを願ったマリー・アントワネットは
ルイ16世から このトリアノンの領地を贈られます
そのは 531個のダイアモンドで飾られていたそう
彼女は 早速プチ・トリアノンの内装飾に取り掛かかります
まず金で装飾されたM・Aの頭文字の紋章を 何箇所にも・・・
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ルイ16世と 自分の兄のオーストリア皇帝ジョゼフ2世の胸像を入り口両側に飾ります
彼女は自分の寝室に 東の部屋を選びました
イギリス式庭園を見晴らす この寝室には 
彼女が大好きな薔薇の花が 刺繍された生地で作られた カーテン・椅子・ベッドなど
彼女はが好きだったようですね
その洗練された趣味で 
後に「マリー・アントワネット・スタイル」と呼ばれます 
このプチ・トリアノンの装飾を確立するのに 15年を費やしました
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王の食するものを(葡萄など)装飾模様にするのがポイント 
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マリー・アントワネットと薔薇
現存している 稀少な肖像画
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プチ・トリアノンは その頃の最新モードであった
ア・ラ・グレック」=古代ギリシャ様式で造られました
その繊細な造りの中には ガブリエルの最高傑作も生まれます
現在 寄付によって 殆ど当時のように修復する事が出来ましたが
それは「コンパニオン」と呼ばれる熟練の職人達の
技術無しには 実現しなかったとのこと
それだけ 熟練アートな造りなのでしょう
入り口直ぐに飾られている 乳母車
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地上階には 使用人が住んだそうです 
台所や食事の準備室が 充実
食器棚は 沢山の揃いの花柄の食器で飾られています
これは ルイ15世が買い求めて常に揃えられていたお皿コレクション
セーヴル磁器
マダム・ポンパドールが好んで使い 世に広めたそうです
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四方を庭園に囲まれたプチ・トリアノンは どの方角からでも見えますが
その4つの面は それぞれ違った様式で造られています
フランス式庭園を正面にする ファサードは
古代よりインスピレーションを受け 
支柱で飾られた 最も豪華な古代ギリシャ神殿様式
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正面入り口
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音楽室
彼女自身が演奏した チェンバロやハープがあります
基調は
現在ある これらの家具は 
革命の時に 奪われ売りに出されたものを 
少しずつ買い取り 部屋を復元出来たものです
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こちらの壁の絵も こんな感じ
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自分自身 演じることが好きだったマリー・アントワネット 
小劇場まで 造らせました
オーストリアにいた時 役者から 演劇を通してフランス語を習ったそうです
1780年 劇場完成式の際には 彼女も女優として出演しました
でも その年の11月末
母親である マリー・テレーズが亡くなり 
その悲しみに 以後 彼女は演じる事をやめたそうです
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彼女の寝室からの眺めは・・・ ズバリこれ
白いキヨスクは「タンプル・ダムール=愛の神殿」古代ギリシャ様式
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ルイ15世の 私的キャビネ=書斎だった部屋を 
マリーアントワネットは 自分の寝室にしました
壁には ルイ15世の紋章である「3つの百合の花」が彫られています
でも とっても狭い部屋
それに なんて小さいベッド?
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さあ これから マリー・アントワネットが愛した「田園の村落」へと向かいます



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by happiness-girl | 2009-07-17 09:25 | ヴェルサイユ

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by happiness-girl