カテゴリ:セーヌに架かる橋( 9 )

No.3 Pont  Mirabeau  ポン・ミラボー  1893年

ミラボー橋は 初めて造られたメタリックのアーチ橋
セーヌに橋脚を2本建て 3つのアーチで構成されています
アレクサンダー3世橋や ドュビリィー橋を設計した 
Jean Resal ジャン・レザル等によるもの

中央のアーチは 100メートルにもおよびます 
これまで石造りでは出来なかった 大きなアーチ 
メタリック素材を使う事により 実現しました
右岸16区 オトュイユやパッシーの高級住宅街と 
左岸15区 ジャベルを結びます

二つの橋脚は セーヌ川を行き交う船に見立てられ
4つのブロンズ像(海の女神像)で飾られています

右岸側の橋脚は セーヌを下る船に見立てられています
こちら右岸の 下流側からのショット
陽に輝き金色になってますが 実物は緑色です
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船首には Ville de Paris パリ市の女神
そういえば この女神 
どこかで見たような 気がします・・・
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船尾には La Navigation 航海の女神
手に灯りを掲げています
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そして左岸側の橋脚は セーヌを上る船に見立てられています  
左岸の上流側からのショット
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船首には l'Abondance 富裕の女神
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左岸の下流側
曲線といい 欄干の模様や色といい
とってもエレガントな橋
このコンクリートの脚を 船に見立ています
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船尾には le Commerce 商業の女神
女神は 橋側を向いています
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右岸側から見ると この女神
結構すごい格好で座ってますよね

それにしても アーチの微妙な曲線といい
レース編みのように美しく構成された橋脚といい
とってもエレガントな橋
これもメタリックの成せる業ですね
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左岸橋の袂には クラシックな建物のジャベル駅
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美しい欄干を よ~く見ると
橋脚の位置に 王冠と紋章に帆船の彫刻が・・・
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15区の Front de seine の高層ビル街と 
遠くにエッフェル搭や 自由の女神も見渡せます
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16区側の橋の袂で 嬉しい発見をしました
アポリネールの詩「ミラボー橋」の一節が刻まれたプレートです
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アポリネールのサイン入り
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詩人アポリネールは 
このポエムを作った当時 16区のオトュイユに住んでいました
歩く事が非常に好きで 
左岸の友人宅を訪れた折・・・でしょうか
しばしばこのミラボー橋を渡り オトュイユの自宅まで帰ったそうです
 
ここで あの有名なポエムを・・・

  Le Pont Mirabeau

Sous le pont Mirabeau coule la Seine   
      Et nos amours
    Faut-il qu'il m'en souvienne
La joie venait toujours apres la peine

  Vienne la nuit sonne l'heure
  Les jours s'en vont je demeure

Les mains dans les mains restons face a face
      Tandis que sous
    Le pont de nos bras passe
Des eternels regards l'onde si lasse

  Vienne la nuit sonne l'heure
  Les jours s'en vont je demeure

L'amour s'en va comme cette eau courante
      L'amour s'en va
    Comme la vie est lente
Et comme l'Esperance est violente

  Vienne la nuit sonne l'heure
  Les jours s'en vont je demeure

Passent les jours et passent les semaines
      Ni temps passe
    Ni les amours reviennent
Sous le pont Mirabeau coule la Seine

  Vienne la nuit sonne l'heure
  Les jours s'en vont je demeure
 

Guillaume Apollinaire    - dans le recueil Alcools -

       ミラボー橋
 
 ミラボー橋の下   流れ行くセーヌ
   そして  僕達の愛も
   思い出すべきだろうか
 喜びはいつも  苦悩の後に来たことを

   夜が訪れ   鐘が時を告げる
   日々は過ぎ去り   僕は残る

 手に手を取って  向き合っていよう
   二人の腕の橋の下
   果ての無い眼差しに   
 疲れきった波紋が  過ぎ行こうとも
 
   夜が訪れ   鐘が時を告げる
   日々は過ぎ去り   僕は残る

 愛は逝ってしまった   この流れる水のように
   愛は逝ってしまった
   人生は何て  ゆっくりなんだ
 期待は何て  激しいんだ

   夜が訪れ   鐘が時を告げる
   日々は過ぎ去り   僕は残る

 日々が過ぎ  月日が過ぎ
   過ぎ去った時も
   恋人達も   もう戻って来ない
 ミラボー橋の下   流れ行くセーヌ
 
   夜が訪れ   鐘が時を告げる
   日々は過ぎ去り   僕は残る

 

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by happiness-girl | 2009-12-11 07:33 | セーヌに架かる橋
No. 5 Pont  Rouelle (ポン・ロエル) 1900年

前回アップしたビー・アケム橋の中央の階段を降りると 
セーヌ川の真ん中にある島 
Ile des Cygne (イル・デ・シィニュ 白鳥達の島)へ降りることが出来ます
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そこは ゆったりとしたプロムナードになっていて
ジョギングする人 犬を散歩させる人など
河岸道路を走る車の喧騒から離れた 別世界

左側(左岸)に見える高層ビル群 (Front-de-Seine) 
在仏日本人達に好まれている地区です
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先に見えるロエル橋
この「白鳥達の島」にいったん足を降ろし
右腕は大きなアーチ橋 左腕は三つの梁間で出来た小橋と
二つの橋で構成されています
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セーヌ川を渡り パリ左岸の15区と右岸の16区を結ぶ鉄橋
1900年のエクスポ・ユニヴァーサル(万博)の為に造られましたが
1988年に新しく造りなおされ 現在は郊外高速鉄道(RER-C)が走ります

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
No.4 Pont de Grenelle (ポン・ドュ・グルネル) 1968年

ロエル橋をくぐりプロムナードを進むと 次のグルネル橋へ登る坂道に
夕陽を浴びて 真直ぐ向こうに見える像は・・・?
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そう「自由の女神
ニューヨークの女神像のレプリカ

自由の女神像は 合衆国に住むフランス人達が 
1889年 革命100年記念の際に フランスへ贈ったそうです
そのレプリカが この「白鳥達の島」の西端に落ち着くまでにはいろいろ有った様ですが
今ではセーヌ遊覧船の折り返し地点としての目印・・・かな?
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「自由の女神」は グルネル橋の中央に位置します

初めのグルネル橋は 1827年に造られた最初の木造有料橋で
6つのアーチで構成され 長さは192mに及びました

1849年より1873年までの 数度の修復にも関わらず
その交通量に耐えられずたわみ また修復されます
最終的に 今のメタリックの橋に造り変えられたのが1968年
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by happiness-girl | 2009-12-05 04:05 | セーヌに架かる橋
No.8 Passerelle Debilly (パスレル・ドュビリー)1900年
 
1900年のエクスポ・ユニヴァーサル(万博)開催の為造られた歩道橋
鉄骨で組み立てられたこの橋は エッフェル搭もそうでしたが・・・
万博が終了次第 取り壊される予定でした
パリ市は 結局この二つの建造物を そのまま残すことにします
エッフェル搭と共に 美しい景観を作っています
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偶然なのか・・・
パスレル・ソルフェリーノの左岸側には オルセー美術館が在りますが
こちらパスレル・ドュビリーの左岸側には
シラク前大統領が推進した ブランリー美術館が在ります

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

No. 7  Pont  d'Iena (ポン・ディエナ) 1814年

ナポレオン・ボナパルトは 
エコール・ミリテールの前に 橋を造ることを決めます
最初は Pont du Champ-de-Mars (ポン・ドュ・シャン・ドュ・マルス)と呼ばれていましたが
1806年 対プロイセン イエナの戦いでの勝利を記念し
イエナ橋と名付けられます
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まさにナポレオンが造った証拠 の彫刻
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1815年 帝政時代が崩壊すると
イエナの名前を嫌うプロイセンが 橋を取り壊したがった為
ルイ18世が「Pont de l'Ecole Militaire (ポン・ドュ・エコール・ミリテール) 」と改名し
橋の取り壊しを思い留まらせました
鷲の彫刻も取り外されたようです
その後1852年 鷲は元の位置に戻されます

1900年のエクスポ・ユニヴァーサル開催には この橋に幌が被せられました

幅が14m以下と狭く 16区からの交通量に十分対応出来ずにいましたが
1937年のエクスポ・ユニヴァーサルを迎え 幅が拡げられ35mになります

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

No. 6   Pont de Bir-Hakeim (ポン・ドュ・ ビー・アケイム)1905年

この橋は まず1878年
エクスポ・ユニヴァーサルの為に造られた 初めてのメタリックの歩道橋
「Passerelle de Passy (パスレル・ドュ・パッシー)」と呼ばれていました
1900年のエクスポを迎え 鉄橋と車道橋を組み合わせた橋に置き換えられ
1949年までは「Viaduc de Passy 」と呼ばれます
「白鳥の島」に足を降ろして パリ16区と15区を繋ぐ橋

エッフェル搭が最も美しく見える位置」という事です
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この橋は私の最も好きな橋のひとつなのですが
メトロ線路歩道の 二層建てになっています
メトロは3~4駅前から地上に出て
段々高くなり
セーヌを渡るこの区間では こんなに高い位置を走ります
そして次のパッシー駅を過ぎると また地下へ入ります
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線路の下は 歩道と自転車専用道路になっていて
映画やテレビのロケに しばしば使われる場所でもあります
何か・・・アンチィックな雰囲気

パリの左岸にいて パリの西郊外へ出るには(例えばヴェルサイユなどへ)
左岸の河岸高速を走って来て この橋を右岸側へ渡るのがスムーズ
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橋の中央からセーヌ川の中の島「ile des Cygnes 白鳥達の島」へ降りられ
「Pont de grenelle 」まで続くプロムナードになっています
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by happiness-girl | 2009-11-05 06:37 | セーヌに架かる橋
No.9 Pont de l'Alma ポン・ドュ・アルマ 1856年

1856年 最初に造られたアルマ橋は狭く 
1974年 造り直されました
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最初4つの橋脚は 高さ6mの4つの像で飾られていましたが
有名なzouave ゾアヴの像を残し 他の像は地方へ消えました
現在 上流側・右岸袂にあるゾアヴの像も 
最初は左岸側にありました

このゾアヴの像は セーヌ川の水量を見る目安になっていることで知られています
もしセーヌの水量がゾアヴの足まで増えたなら セーヌ河岸高速は閉鎖されます
水量がゾアヴの太腿まで達した場合は 船も通行止めになります
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これはアルマ橋の右岸袂にある彫刻ですが・・・
もう12年前位になるでしょうか 
イギリスのプリンセス・ダイアナが交通事故に遭い亡くなったトンネルが この下にあります
それまで殆ど無名であったこの彫刻が 
事故現場の側にあったという偶然から 一躍有名になりました

ダイアナを偲んで世界中の人々が訪れ この彫刻に花を捧げていきます
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by happiness-girl | 2009-11-04 07:25 | セーヌに架かる橋
No.11  Pont Alexandre Ⅲ ポン・アレクサンドル3世 1900年

ロシア皇帝アレクサンドル3世により(後にニコラ2世に引き継がれる)
フランスへ贈られた フランスとロシア友好の橋
1896年 ニコラ2世によって最初の石が置かれました
1900年 エクスポ・ユニヴァーサル時に完成

長さ109mのアーチは 足を一歩も降ろさずセーヌ川をまたぎます
欄干が14個のブロンズの燭台で照らされたこの橋 
最も美しい橋と思います

橋は数々の芸術家・作家達の作品で装飾されていて
別名「Pont de d'Exposition 」とも呼ばれる程
上流側には パリ市の紋章を持ったセーヌのニンフ
下流側には ロシアの紋章を持ったネヴァのニンフが 中央で微笑みます
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対岸(左岸)真直ぐにあるのは これも金の帽子のアンヴァリッド
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アンジュの街灯 ここからのエッフェル塔 ベスト・ショットだと思いません?
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No.10 Pont des Invalides ポン・デ・ザンヴァリッド 1856年

1826年 最初に造られた時は吊り橋でした
位置も 現在アレクサンドル3世橋が在る場所です
でも その建造に失敗
次に造られた吊り橋は セーヌ川に足を二本降ろす事で成功しましたが 結局長持ちせず
1855年のエクスポ・ユンヴァーサルに向けて 
現在の4つのアーチで構成された石レンガの橋に 造り直されました

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by happiness-girl | 2009-11-03 06:45 | セーヌに架かる橋
No.12 Pont de la Concorde (ポン・ドュ・ラ・コンコルド) 1791年
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コンコルド広場から 左岸へ架けられた橋
その呼び名は 広場と共に何度も変わる運命をたどります

Pont Louis16世 (ルイ16世橋)→ Pont de la Revolution (革命橋) 
Pont de la Concorde (コンコルド橋)
そして王政復古時代に 再度Pont Louis16世となり
1830年 Pont de la Concorde に落ち着きます

橋の一部に 1791年の革命により崩壊された
バスチーユ牢獄の大理石を使って造られたという 非常に稀な橋です

1932年 現在の橋の幅に広げられました

左岸の袂に在るのは Le palais Bourbon (ブルボン宮)
現在は国会の下院Assemblee Nationale になっていますが ギリシャ神殿様式
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annonce de abalition du regime imperial palais de corps legislatif 1870年
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ブルボン宮を背に 反対側右岸袂にはコンコルド広場
オベリスクの奥に見える神殿様式の建物は マドレーヌ寺院
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フランスで二番目に大きな広場だそうです 
噴水が2つ
この広場の排気ガス公害は深刻で 
傷みが酷かった像や記念碑などは 何年か前に修復されています
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広場中心に オベリスク
オベリスクの向こう東側には チュイルリー公園
公園を抜けて ルーヴル宮まで一直線
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コンコルド広場は シャンゼリゼ通りの入口でもあります
西側は 凱旋門をくぐりデファンスの門まで一直線
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北側ロワイヤル通りのずーと奥 別のギリシャ神殿様式の建物が見えますが・・・?
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マドレーヌ寺院
まさに 左岸のブルボン宮と対になっています
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オベリスクを中心にして 東にルーヴル 西に凱旋門が一直線に位置
南にブルボン宮 北にマドレーヌ寺院が一直線上

下の写真はマドレーヌ寺院を背にして撮りましたが ブルボン宮まで一直線
遠くには アンヴァリッドの金の屋根まで見えます
こういう整然とした造り方 見事ですね
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          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は コンコルド広場の夜景が最も好きなのですが
この広場には強烈な歴史があるのです

この広場を造ったのはルイ15世
これまたマダム・ドュ・ポンパドールのお気に入りの建築家 ガブリエルなどによるもので
ルイ15世広場」と名付けられ 中央には彼の大きな騎馬像がありました

ルイ16世とマリーアントワネットの結婚披露も ここで執り行われたらしいのですが
皮肉な事に 後に彼らがギロチンにかけられたのもこの広場なのです

処刑の前日 幽閉以来初めて家族との面会を許されるルイ16世
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翌日 ギロチン台へ連れて行かれるルイ16世
この時には Place de la Revolution (革命広場)と改名されています
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ルイ16世の処刑   1793年 1月
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未亡人になった マリー・アントワネットの肖像 
コンシェルジュリー宮で 自分も処刑される運命・・・
前に開かれた日記に書かれてある言葉
「主は 私に全てを与えたもうた
 そして主は 私から全てを奪いたもうた」
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マリー・アントワネットの処刑   1793年10月
男が 彼女の首を刺して掲げています
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その後 ルイ18世の王政復古時代 
ルイ16世を偲び 今度は「ルイ16世広場」と改名されましたが
再度の革命が起こり また「コンコルド広場」と改名され そのまま定着します

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コンコルド橋からの眺め
アレクサンドル3世橋と エッフェル搭が美しい
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グランパレ ガラス張りの屋根が綺麗
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by happiness-girl | 2009-08-25 06:38 | セーヌに架かる橋
ルーヴル宮殿から 左岸へ渡る橋
現在美術館となっている ルーヴル宮殿は 
まず12世紀後半 フィリップ・オーグスト
当時パリの街外れであったこの場所に 城砦として建築したものです
14世紀初頭 シャルル5世が住居として改築 王宮となりました

特に16世紀のフランソワ1世が 「ルネッサンス様式の宮殿」にする事を望み
美しいファサードを持つ カレー宮 Carreeを仕上げ 
その後歴代の王達のより 少しずつ大きくなっていきます

17世紀後半のルイ14世まで 王宮として使われましたが
ルイ14世は ヴェルサイユ宮殿を建築し転居
ルーブル宮殿は忘れられ 
美術館とする計画はあったものの 実現したのはフランス革命後の1793年です

No.16 Pont des Arts (ポン・デ・ザール)  1984年

1804年に歩道橋として造られた パリで初めてのメタリックの橋
1984年 改築されています

時は ナポレオン・ボナパルト時代
その頃社交界は 右岸のマレから
左岸のサンジェルマン・デ・プレへ移っていました
カレー宮から直ぐ サンジェルマンへ渡る為の橋として
ポン・デ・ザールを造る事を 彼が推進した様です

対岸(右岸)に在るのは La Cour Carree (カレー宮)
ルーヴル宮で最も古い建物
フランソワ1世が亡くなる前日に建設を決めた ルネサンス様式のファサードを持つ王宮
ナポレオン時代 Palais du Louvre (パレ・デュ・ルーヴル)は 
Palais des Arts (パレ・デ・ザール)と呼ばれていたことから 
この橋は ポン・デ・ザールと呼ばれます
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左岸側対面に在るのが Institut de France(フランス学士院)
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この橋の特徴は 何といってもこの眺めの良さ
歩行者専用で板張りの為か いつも若者達がごろんと日光浴
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No.15 pont du Carrousel (ポン・デュ・カルーゼル) 1939年

この橋を渡ると ちょうどルーヴル宮の中央へ抜けます
ガラスのピラミッドと マーブルのカルーゼル凱旋門の間を通り
オペラ座地区へ向かう バス通り
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1866年頃の カルーゼル橋
ルイ・フィリップ時代の1835年に完成した カルーゼル橋は 
新しいシステムを試みながら 造られました
完璧な状態だったにも関わらず 幅が狭すぎた為
取り壊されることになり  
現在の新しい橋に 置き換えられます
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1936年 新しい鉄筋コンクリート造りのカルーゼル橋建設中
隣には まだ最初の橋が 
確かに 少し幅が狭かった様です
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カルーゼル凱旋門  ピンクのマーブルが綺麗
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No.14  Pont Royal (ポン・ロワイヤル) 1689年
左岸側から
Denonドュノン翼続きの ポルト・ドュ・リオンが見えます
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1721年当時の ポン・ロワイヤル
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1740年当時のポン・ロワイヤル  向こうに見えるのはポン・ヌフ橋
この時代には カルーゼル橋も デ・ザール橋もありませんでしたね
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右岸袂にあったのは Palais des Tuilerie (パレ・デ・テュイルリー)
1757年当時の絵画
アンリ2世の王妃 カトリーヌ・デュ・メディシィスが造った
チュイルリー宮が描かれています(現在は在りません)

アンリ4世が ルーヴル宮殿に取り込みますが
その後パリコミューンの時消失してしまい 両翼のみ残り 
現在の様に中庭がすっかり開け 宮殿が見渡せる形になった訳です
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これは現在のカルーゼル凱旋門の前 人口芝の公園
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右岸側から 対岸、先に見えるのはオルセー美術館
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この美しいオルセー美術館を対岸に見て テュイルリー公園沿いに進みます
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公園の中程の位置に在るこの橋は パスレル=歩道橋です
曲線の美しい 二重層の橋
No.13 Passerelle Solferino (パスレル・ソルフェリーノ) 1999年

この橋には別名があります
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テュイルリー公園からは地下道で通じていますので
公園の散歩に続いて オルセー美術館へも気軽に行けます
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by happiness-girl | 2009-08-17 08:05 | セーヌに架かる橋
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パリ中心に位置するシテ島 その西の突端に架かるポン・ヌフ橋
ここ(ポン・デ・ザール)からのシテ島の眺めが 最も好きです
下の絵は 1832年当時の同じ場所
アンリ4世が 自分の騎馬像を橋に その下に花壇を造らせました
まだ花壇の木々が低い為 アンリ4世の騎馬像が見えます
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アンリ4世の騎馬像を背に 道路を向こう側へ渡ると・・・
建物に三角形に囲まれて 広場があります
広場に面した店並みが 昔ながらの雰囲気を残し
しばしば 古い映画の撮影に使われます

広場の右側の川岸
ここはセーヌ沿いの バス通り
左側に見える建物は・・・
36, Quai des Orfevres トラント・シス、ケ・デ・ゾルフェーヴル
司法警察の建物
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写真を撮るのも憚られますが こういう時にはツーリスト顔して・・・
泣く子も黙る・・・いえ しゃべらされる
重罪刑事犯を尋問したりするところ
元刑事だった人が作った 同名の映画が有名
実際 尋問中の容疑者が 窓から飛び降り自殺したニュースを覚えています

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その先へ進むと 車の往来の激しい通りに出ます
パリのおへそと言われる「シャトレ」(右岸)から
ポン オウ シャンジュ」を渡り
左岸サン・ミッシェル大通りへとつながる バス通り

No.19  Pont  Saint - Michel ポン サン・ミッシェル 1857年

橋を渡った正面には Fontaine St.michel (サン・ミッシェルの泉)
新学期になると 沢山のソルボンヌの学生達が前の広場に集まって
教科書の売り買いしたり いつも賑やかなカルチィエ・ラタン
若者の街

泉の向って右側は6区
シテ島王宮時代 宮廷料理人が住んだという歴史有るカルチィエです
左側は5区
その昔ノートルダム大聖堂が出来た頃 ジタンギリシャ移民が住みついたらしく
今も河岸近くには ケバブ・サンドイッチ屋や
ギリシャ・レストランがひしめく エキゾチックな界隈
映画「ノートルダムのセムシ男」の舞台となってます
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1830年ノートルダム大聖堂側から見た ポン・サンミッシェルの様子
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パリ県庁を左に見て 川沿いに進みます
今度の橋は ごつごつ穴の開いた花崗岩のような石で出来ています
この石は 古い家にも良く使われていたようですが
この橋を渡り真直ぐ行くと ソルボンヌの建物の前へ出ます

No.21 Petit Pont  プチ・ポン 1853年
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プチ・ポンは グラン・ポン(ポン・オウ・シャンジュ)に対応して
1185年に造られましたが その後何度も崩壊する事になります
下の絵は 1718年の火災で崩壊する様子
1853年 今度はで造り直されました
正面奥にノートルダム大聖堂が見えますが 
その前にある大きな建物 現在は在りませんねぇ
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ノートル・ダム大聖堂 
代表的ゴチック建築
パリ観光では エッフェル搭に次ぐ観光客動員数だったと思います
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サイドから
この足元には 小さな子供向けの砂場がありますよ
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ノートルダム寺院の直ぐ脇に在る橋  
歩行者天国? ローラー天国?
No.23 Pont au Double  ポン・オウ・ドュブル 1882年
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ローラー・アクロが パフォーマンスを披露
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シテ島から左岸に架かる 最後の橋
No.24 Pont de l'Archeveche  ポン・ドュ・ラルシュヴェシェ 1828年
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パリの橋で 最も狭い橋(歩行者専用橋を除く)
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この橋から眺めるノートルダム寺院が 最も美しいと言われています
数々の絵や写真に使われる角度
やっぱり橋の袂には ペニッシュ・レストランがありました
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下の絵は1860年頃
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シテ島突端から お隣サン・ルイ島へ渡る橋
No.25 Pont Saint-Louis ポン サン・ルイ 1970年

こちらは ミュージシャン専用でしょうか?
サックスの音色が このロケーションにぴったりでした
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美しいサン・ルイ島 
素敵な邸宅が並び 「宮殿の島」と呼ばれました
あのヴォー・ル・ヴィコント城や ヴェルサイユ宮殿をデザインした
Louis Le Vau (ルイ・ル・ヴォー)が この島のいくつかの邸宅をデザインしました
そして彼自身(彼の弟一家も) 家族でこの島に住みました

これは彼が若い時デザインしたHotel Lambert (ランベール邸)
サンルイ島に家を14軒持っていたという 富豪の公証人ランベール
彼の娘と結婚したルイ・ル・ヴォーは このランベール邸の隣に住みました
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背面はセーヌ川
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弟のフランソワ・ル・ヴォーは ここの有名な
eglise Saint-Louis en ile サン・ルイ・オン・ニル教会をデザイン
現在外壁工事中
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有名なアイスクリーム屋さん 1954年創業以来三代目
レストラン等 何箇所にも卸してますが 全てここの店で作っているそうです
お味は・・・ 他と全然違います カラメル・ショコラ・・・濃厚・美味しい 
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サン・ルイ島ってお金持ち専用見たいだけど もちろん出入りは自由
誰だったか 「ここに 低所得者用公団を造る~」って言ってたような・・・

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サン・ルイ島の左岸側の川沿い quai d'Orleans を歩くと 見えてくるのは・・・
No.28 Pont de la Tournelle ポン・ドュ・ラ・トュールネル 1928年

右岸からポン・マリーを渡り サン・ルイ島の中心を通り抜け左岸へ真直ぐ抜ける橋
左岸袂の建物 最上階スカイレストランが「トュール・ダルジャン
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さらに先へ・・・サン・ルイ島の突端に架かるのはPont Sully ポンスリー

こちらサン・ルイ島の 東の突端
ここも公園になっています
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by happiness-girl | 2009-08-06 22:22 | セーヌに架かる橋
パリ市を横断するセーヌ河
私のこの河への想いは・・・ 深いのです

先日パリ市役所の前を通りかかり なんとなくそのままセーヌへと向いました
パリ・プラージュへ寄るつもりは 無かったのですが 
散歩していたワンちゃんを追いかけ 川岸への階段を下りてみることに
パリ市役所
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パリ・プラージュ
夏の間 セーヌ川岸を走る高速道路が歩行者道になり 端に砂が敷かれます
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そこで気がつく
普段は 殺人的な車がビュンビュン走る この河岸道が有る為
この区間に架かる橋を 下から見ることは出来ません
この機会に 良く見てみようと思いました

このGeorges Pompidou 道は(一方通行) 
アルマ橋の辺りから始まり 
セーヌ右岸に沿って パリを西から東へ横断する美しい自動車専用道
と言っても よそ見をしてはいけないよ・・・
ルーブル美術館にさしかかるところから下り坂 トンネルに入ります
そしてトンネルから出ると そこはポン・デ・ザールpont des arts
そこからの道路は 殆どセーヌ川岸
雨量の多い時期などは 浸水して閉鎖されたりもする区間ですが
ここからパリ・プラージュは始まります
パリ・プラージュ期間ではなくても 天気の良い日曜日には歩行者に開放され
ローラースケーターなどにも喜ばれる河岸道です

ふと思い出して 写真を探してみました
10年前 ノートルダム寺院の近くに住んでいた時
息子が自転車の練習をした道でもありました
気持ち良さそうに快走しています
背景はポン・オウ・シャンジュ(両替商橋)とコンシシェルジュリー
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ノートルダム寺院前の広場 私は必死になって彼に自転車を教えました
この左岸へ架かる小さな橋からは ノートルダム寺院が最も美しく見えるという
ここは また後で・・・
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西側から入り 河岸道がトンネルから出てくるPont des Arts の次の橋は・・・

No.17 Pont Neuf  ポン・ヌフ 1578年・1604年 
パリ最古の橋 
Neuf(新)というのは 当時造られた最初の石橋だったからです
1604年 アンリ4世によって完成されました
下の絵は1665年の アンリ4世の騎馬像の前の様子
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1990年に修復工事がされました
その工事中 ここで撮影された映画が「Les Amants du Pont-Neuf (ポン・ヌフの恋人達)」
右岸からのショット
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左岸からのショット 橋の中央に在るのがシテ島突端
島を延長して造った花壇(公園)
そして これを造ったアンリ4世の銅像が有ります
この恋人達に愛される公園からは セーヌ川周遊の船も出ています

対岸に見える大きな建物は 老舗デパート「サマリテーヌ
何年か前に閉店してしまいました
長ーい歴史が閉じられたのです  信じられない・・・・
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橋の丸い出っ張りスペース それぞれには 
その昔エショップ=ブティックが建っていたそうです
昔の絵に見ることが出来ます
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Pont-Neuf et le Samaritaine (ポン・ヌフとサマリテーヌ) 1777年
昔のサマリテーヌは 何と橋にくっついていました
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No.18 Pont - au - Change (ポン・オウ・シャンジュ)1860年
この橋を渡るとシテ島のメイン通り 裁判所の前に出ます
造られた当時は Grand Pont =大きな橋という名前でしたが
後に最初の金融ブローカーが ここに出現
川岸沿いにビッシリ 宝石商・両替商が店構えした為 
シャンジュ=両替商橋と呼ばれるようになったようです
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1830年頃
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橋の右側 手前がコンシィエルジュリー宮
もともとフィリップ4世の宮殿であったものが 受け継がれず 
牢獄として使われるようになりました 
マリー・アントワネットが ギロチンにあう直前に幽閉されていたところです
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普段 ここは高速自動車道なのですが・・・
この霧噴射の仕掛けは 大人も子供も喜ぶ・・・最高
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No.20 Pont Notre-Dame (ポン・ノートルダム)  1912年
対岸右手は シテ島の花市場
対岸左手に有る大きな建物は Hotel - Dieu (オテル・デュー)
651年に造られた パリ最古の病院
ルネサンス期まで パリで唯一の病院だったそうです
現在も活躍中 眼科が評判
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セーヌ川の 盛んな渡し船
ポン・ノートルダムポン・オウ・シャンジュの間の様子 1756年
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No.22 Pont  d'Arcole (ポン・ダルコール) 1856年 
パリ市役所の前に在る橋
これでシテ島に渡り真直ぐ行くと ずばりノートルダム寺院の前に出ます
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No.26 Pont Louis-philippe (ポン・ルイフィリップ) 1862年
この橋の辺りから川岸が公園になっていて 皆 木陰で寝そべっています
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No.27 Pont  Marie (ポン・マリー) 1635年
この橋を渡ると サンルイ島のメイン通りに
そのまま通り抜けると左岸 あの高級レストラン「トュール・ダルジャン」の足元へ
ひっそり小さな橋 ゆっくり寛ぐにはここは穴場?
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ポン・マリーとサン・ルイ島  1757年
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No.29 Pont  Sully (ポン・スリー)  1876年
これがサンルイ島突端 島と右岸・左岸を繋ぐ最後の橋
ここで河岸道は上り坂 上の一般道へ合流します
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このPont Sully (ポン・スリー)は サンルイ島にちょっと足を降ろした後
そのまま左岸へと伸びます
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対岸の大きな近代建築は「Institut du Monde Arabe (アラブ世界研究所)」
この橋の交通量は多く 左岸サンジェルマン大通りから右岸バスチーユ方面へ
または そのまま右岸河岸高速へ入り東の環状線へと抜ける幹線道

パリ市内のセーヌ川に架かる橋は 全部で37橋



ジェラニュームの面白い造り方
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by happiness-girl | 2009-08-04 08:02 | セーヌに架かる橋

パリの自然とエレガンスを紹介


by happiness-girl