カテゴリ:子供の心・親の心( 19 )

自分の証明

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先日 フランス共和国大統領選挙を前に
候補者間での 討論が行われましたが
こういう討論において必要な事は「自分の証明

自分の考えは 
自分のして来た事は 
自分がしたいと思うことは 
自分が出来るのは 
更に「自分って・・・」等々

自分の思っていること 事の真偽を言葉で証明し
国民を納得させ
自分を選ぶように 説得しなければならない
何故 彼に投票すべきか・・・

説得力一番の方法は 数字で示すこと・・・かしら
失業率が・・%
国債が・・%
自分が大統領になると その数字は・・%に
自分の考え 意見を表現し
相手に理解・納得してもらうことは 簡単ではありません

話は飛びますが・・・ 
友人が出張でパリに来た際 私に相談したこと

友人 「姪がいるんだけど・・・ 彼女はすごく優秀でさあ
    東大受験したんだ
    でも残念ながら失敗 青学へ入学したんだ    
    東大しか考えてなかった彼女
    気に入らなくて・・・結局中退したんだよ
    ところが今になってさ 中退したことを後悔してるみたい
    パリに留学させてあげようと思うんだけど どうかなあ
    その際は いろいろ助けてあげてくれないか?」

私  「何で中退しちゃったの 青学なんて・・・スッゴク良いじゃない」

友人 「だろう? オレもそう言って反対したんだよ
    ところが本人曰く
   「何であの時 "中退するなっ" て言ってくれなかったの・・・」だって
    あんなに言ったのにさ 他の人の言うこと聞かない子だから・・・」

私  「う~ん "俺は言った" ・・・って言うけどお
    良い意見にも関わらず "相手=子供を説得出来なかった" っていうことは
    "言わなかった" に 等しいじゃないかしら 
    経験ある自分の考えが 本当に良いと思うなら 
    他の方法を考えてでも 説得すべきでしょ
    でもさあ パリに留学なんてしたら 二度と家に帰ってこなくなるかも・・・
    大切なひとり娘 手放すこと無いんじゃない
    傍に置いといた方が 良いわよ」

この一言には 説得力があったのでしょう 
その後 自分のひとり娘の事も含め 留学の話は消えたようです

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エピソード 1
母親    「ピエール君 お友達のB君 もう家に連れて来ないでね」
ピエール   「え~ 何で・・・?」
母親    「だって あの子・・・いやなんだもの」
これでは なんだか解らない・・・子供は納得できないですよね

母親    「だってあの子 ママにご挨拶しなかったでしょ
       よそのお家に入るとき "こんにちは"は必須よ」
まあまあかしら・・・?

エピソード 2
母親    「ピエール君! お勉強しないと駄目じゃないの・・・!」
ピエール  「どうして勉強しなきゃいけないの?」
母親    「勉強しないと 試験に落ちて・・・大学いけなくて・・・就職出来なくて・・・
       お金がなくて・・・食べられなくて・・・」
これでは脅迫

母親    「いいことがあるのよ・・・ 良い点数取ったらアイホーン買ってあげるし
       大学受験成功したら 海外旅行プレゼントよ」
これは買収

子供が良い方向へ 道を進められるよう
説得力ある アドバイスをしたいものです
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先程のフランス共和国大統領 選出されたのはフランソワ・オランド
彼が以前(2009年) テレビのインタビューに答えて言ったこと
彼には 先回の大統領候補セゴネル・ロワイヤルとの間に 
4人の子供がいます

質問   「 どんなふうに 子供達を導いていますか?
       親の権威を示しますか・・・?」

フランソワ 「 いえ・・・権威をもって何かをさせることはしません
       自分自身が良い御手本を見せます
       私が模範的な行動をとり 彼らがそれを良いと感じれば
       彼らも喜んでそれを見習います
       そこには彼ら自身の意志が加わりますから よりよい結果を得ます」
これは 私も同意見
家庭であれ 仕事場であれ
他人に仕事を教える 他人を動かす為には
「コレ やりなさい」と言うより
自らが 要求以上の仕事をして見せることかと・・・

フランソワ・オランドが サルコジィとの対談にて一番に表明したこと

「僕がフランス共和国の大統領だったら・・・
 僕は御手本になる
 僕は閣僚たちを4つ星レストランへ招いてパーティーしたりしないし・・・etc」


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by happiness-girl | 2012-05-12 05:14 | 子供の心・親の心
Détache-moi !        僕を解き離して !
Se séparer pour grandir    成長する為のセパレーション
       Marcel Rufo   マルセル リュフォー


6 Le travail de deuil 葬る努力


それは 再来再会への希望を完全に禁じる
唯一の 決定的セパレーションです
大切な人を失った時
世界はつまらなく 空虚に感じられ
悲しみに沈んだ心が 
また何かに熱中出来る様になるまでには
かなりの時間と エネルギーが必要になるでしょう

この時間とエネルギーは
le travail de deuil 葬る努力」により 起動されます
葬る努力をすることにより 
大切な人を失った現実を 少しずつ受け入れ
やがて 亡くなった人との思い出の中に
自分を置く事が 出来る様になるのです
faire son deuil 葬る=あきらめる」
よく使われる表現ですが
私たち誰もが 全ての事柄に置いて
faire le deuil」して 生涯を過しています
夢・・若さ・・愛・・家・・等 無くした物・・・

Freud フロイト(脳・精神科医で 精神分析の父)は  
le travil de deuil =葬る努力について こう書いています
「それは 必ず通らなければいけないプロセスであり
 苦しみを節約出来ないのと同様 削減することは出来ない」
彼は このプロセスにかかる時間を概算で出しています
「ノーマル」が一年半
「パトロジック(病的)」な場合は 無期限・無限大
彼にとって「le deuil(喪)」とは
「精神的に苦痛な状態で 
 故人との関わりがない限り 外界への興味を失い
 失った人に代わる愛する対象を 新しく選ぶ能力を喪失
故人の思い出と関係のない 全てのアクティビティーを放棄
この自己の抑制限界は 
他に計画や興味など全く無く
ひたすら喪に服していることを表しています
成長するに連れ
人は死ぬ」という事実に気付くようになり
葬る努力は より長く より辛くなります
比べて まだ歳若い子供達は 
葬る事を素早く実行する 驚くべき能力を持っています
彼らの 生きる事への衝動と想像力は強く
人生への素晴らしい欲望によって
悲しみは いち早く一掃されてしまいます

     ・・・・・ 喪失することを拒絶 ・・・・・
初めてMarion マリオン に会った時 
彼女は7歳 
少し前に 兄が事故で亡くなって以来 
彼女は encoprésie に苦しんでいました
3年後に会った時には また不幸なことに
今度は父親が亡くなり
再度 encoprésie に苦しむ事になります
「retenir ses fèces 」
それは 自身の一部と別れることへの拒絶です
親を失う=自分自身の一部と別れる事
彼女は持っているものを 失いたくなくて
保持しようとしているのです
少女は「兄も父親も もう戻って来ない」ということが
解る年齢であっただけ より苦しく
最愛の人を失った事実を 受けとめる事の難しさ故 
悲しみは 身体の病状となって現れました

私は彼女が「パパとの楽しい思い出」を 
呼び覚ますように 試みました
それは 故人を甦らせ
私たちの思考の中に 生き続ける事を許します
最初の頃 「死=決定的な別れ」による苦悩は 全てに浸透します
故人の不在と その淋しさしかありません
それから少しずつ 思考は故人の存在を再現し 
幸せだった過去の面影が 浸透することにより
故人は 私たちの思い出の中に生き返ります
現世は 私達を離別させたけれど 
関係は 死を乗り越えるのです

フロイトは 亡くなった自分の娘ソフィーについて書いています
「このような 酷い喪失の後も 
 刺すような苦しみは やがて和らぐと知っている
 でも代わるものを見つけられず 慰められないでいる
 その席に就こうとする人がいても それはいつも違っている
 きっと それでいいのだと思う 
 それが この掛け替えのない愛を
 永遠のものする 唯一の方法なのだから」
        ・・・・・・・・・・・・・・・ 
ここで「死の概念」の発生についてですが
小さな子供達にとって 「死」は存在しません
多分 母親など世話をしてくれる人たちの不在は
大きな喪失ではあるでしょうが
そこには連想されません
そして5・6歳頃まで 
再生可能なものとして イメージされています

窓から身を傾けている子供は 思います・・・
「僕 と一緒に ここから飛べるさ
 そして 落ちて死ぬんだ
 救急隊が助けに来て 病院へ連れて行ってくれる
 そのあと 僕はに帰って猫と遊ぶんだ」
彼にとっては 実際には存在していないのです

幼児に誰かの死を告げた時
「ではその人は いつ戻ってくるのか」と聞き返すのは 珍しいことではありません
今日死んだのだけど 明日は生きている・・・と
まるで何度でも生き返る ゲームの中の人物の様に・・・

6歳頃になると
死は再生不可能なセパレーションとして 認識されます
この死を認識することは 
チックや不眠 病気や細菌への恐怖を 引き起こすまでになります
子供は 自分も含め 両親や誰もが 
いつか死ぬことを 理解するようになります

その後 青少年期になると
は 新たな現実・新たな強さで意識されます
自分の死を コントロールしようとして 
スピードの出し過ぎや ヘルメット無しでスクーターを運転したり
違法な薬物を試してみたりと 危険な行動に出ます
この年齢において
死ぬ事=少なくても自分を死のふるいにかける事は
自分が自分自身の生命を支配し  
認識出来くなる程変化してしまった 自分の自我
その所有者となる為の 
ひとつの方法であるのです
          ・・・・・・・・・・・・・
6歳Romainロマン には チック症状の興奮があります
絶え間なく服の襟ぐりをひっぱったり
妙な肩の動きをするのを コントロール出来ません
この少年は 既に死に対しての痛切な不安を見せているようです
先に言って置かなければいけませんが
彼は早い時期にに直面しています
双子として生まれ 双子の片方は死亡
父親も癌を患っていて あと数ヵ月の命ということ・・・
この父親の病気の期間に チックの症状が現れたようです
精神面で解決出来ないことが 体の動きとなって現れています
不可思議な身体の動きに変化して 表現されているのです

私は 第一段階として ロマンをSophrologue に託しました
こういった症状には とても効果のある身体調整です
しかしながら 数ヵ月後 彼に会った時
彼のチック症状は さらに強くなっていました 
今度は しかめっ面で 常に鼻をすする症状に変化していて
ひどく意気消沈しているようでした
父親が亡くなった後 間もなく 
母親は ある男性と一緒になります
スキーのインストラクターで 少年は歓迎されました
ところが カップルは別れることになり
この義父が出て行った事が 
ロマンを 再び苦しいの局面に投げる事になります
今回彼は 彼の動揺・混乱を話すこと 
ピシコテラピー=精神療法を始めることを承諾しました
その後の診察の時 
私は彼に パパとの最も良い思い出について尋ねました
エルドラド・シティ・・・!
 パパが泥棒の役を演じて・・・馬から落ちて怪我をしたふりして・・・ 
 そして 僕が捕まえたんだ !」
次に私は パパとの一番悪い思い出について聞きました
彼は即座に答えます
「屋根の修理をしていて 落ちて肩の骨を折った時 !」
この言葉で 私は彼のチックの原因が解りました
それは 亡くなった父親を身体で表現していたのです
彼は身体を通して 父親を生き返らせていたのです
チックとは 無意識な慣習=癖で 
自分でもコントロール出来ず 繰り返されるのですが 
彼の場合 それは父親の喪失に対抗する攻略だったのです

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by happiness-girl | 2010-08-01 09:00 | 子供の心・親の心
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4 妨げられたセパレーション

病気や 身体的・知的障害を持つ子供達は 
生きる為に必要なものを得たり 守ってもらう必要性から 
他の人への依存が強くなってしまいます
その意味で 病気や障害を持つ子と親は 
その関係を強化・凝結させてしまうことになり
自立と 解き離れた関係への道は 
ゆっくりになってしまう様です
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある日 ダウン症の娘を持つ 教師のカップルを迎えました
彼らは 最初からずっと
娘が 健常児に同化することを望み
その為に 娘を普通クラスへ通わせていました
でも 現在12歳のマノンは 苦しんでいます
後退し 自分の殻に閉じこもっているかの様に見えます
私は 彼女のケースに合ったinstitution(アンスティテュション)に 
(そこでは 彼女のリズムに合った授業が受けられるのですが・・・)
入学させることを提案しました
両親は 子供をノーマルにしたい気持ちから 
それを承諾するまで かなり躊躇していました
その後入学したinstitution において 
マノンの状態は改善され 
活気を取り戻し 喜びを見出したのです
両親は 喜びました 
それでも 例えば誕生日を外で祝う事が出来る様にするなど
彼女が一生をここで過ごさない様にと 努力を続けてはいましたが・・・
数年経ち マノンの成長と良い状態を見た両親は
彼女が一週間の平日を internat (アンテルナ=入所施設)で暮らすことに同意します
その後 CAT(centre d'aide par le travail )へ進み
彼女の能力に合った仕事をしながら
自分の小さなアパートで 暮らすまでになります
よく「障害や重い病気を持つ子供の親は 子供から離れる事が出来ない」
と言う傾向がありますが
私には それはであるように思われます
子供が自立出来ない事が 
親に「子供が離れていくことを許せる」を与えないのです
フュージョナーでいるのが 二者であるように
セパレーションするには 二者の努力が必要です

しかし障害は 二者の関係を強化させ
子供は生きる為に 常に親(もしくは第三者)を必要とし
そして両親は 自分達が最も良く(または自分達だけ)
子供の面倒を見られると思っています
何しろ彼らだけが 子供の誕生前に夢見た「 l'enfant imaginaire
(もし子供に障害者でなければ なっていただろう想像の子供
を抱いていて 子供への愛情があるから・・・
障害のある子の誕生が うつ罪責感の原因になるなら
多くの親は子供の将来をイメージすることで 再び元気を取り戻します
実際 子供の将来は夢で
親はいつも 子供の成長を先取りします
子供は 歩くだろう
しゃべるだろう
学校へ行くだろう・・・
障害児の親も 全ての親達と同様に
計画し 夢見て 将来を先取りします
でも障害は子供のもので 親のものではないのです

マノンの両親の行動と 彼らの希望についてですが
現実を受け入れられず 
障害児でも 少しずつ進歩向上し 
いつかきっと 普通の発達を取り戻すまでになるかも
と信じるのは 当然のことです
でも医者は両親に対して 誠実でなければなりません
希望を禁じてはいけないのですが
少しずつ現実に慣れるように 
あるリミットを設けなければなりません
この現実との折り合いを付けるまでには 時間が必要です
時間・・・そしてまた 両親と子供の間に第三者も必要です
自宅介護・一時入院・institution=入所施設 への入所など
違った場所に置いて 息抜きのセパレーションを設けることで 
両親は 医者・介護者・先生達に支えられていると感じることが出来ます
それが 彼らに起こった不幸を認識する唯一の方法です
(ただ 不幸に深く沈み過ぎると 
認識出来なくなってしまう危険性もありますが・・・)

マノンの両親は 娘を その障害と共に尊重し
離れた関係を作る事に成功しました
彼らは 娘が他の子と同じ生活をすることが出来ない事実を受け止めます
だからといって 彼女自身の人生を得られない訳ではないのです
もちろん同化という彼らの最初の願望に 議論の余地はありません
障害児の健常児との同化は 大きな進歩を得ます
それは周囲や社会にとってもメリットが有り 
違いとの出会いは 人に より寛容さをもたらします
ただ 自分達の同化への願望を弱めて
障害に適応させる事も知るべきです
マノンが 学校でうつ状態になり始めたのは
彼女はそこで 自分の失敗を体験したからです
彼女にとっても 自分の力と能力なりに成功を感じることが必要なのです
私の目には 親の仕事とは
親離れして自立することを子供に教える事だと思います

障害児との「個別化・セパレーション」への道は
より長く より困難です
なぜなら障害は 時間を止めてしまうかのようであるのに対し
一般の生活は常に動き 
変化は 増大していくからです




先日のピンクのバラですが
ほとんどに変身してます
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by happiness-girl | 2010-06-16 08:28 | 子供の心・親の心
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           Marcel Rufo  マルセル リュフォー

   ・・・・・・・ 学校へ行くことが 出来ない ・・・・・・・
イザベル 7歳 
CP(小学校)入学当初より 学校恐怖症が始まります
朝起きるや否や 今日は学校があるがどうかを心配そうに尋ね
泣いて 着替えるのを嫌がり 
自分を一緒に仕事場へ連れて行ってくれるよう 母親を説得します
イザベルは 明らかに強い不安に襲われていて
母親と離れる事が 耐えられないらしく
診察の時にも 一人で私と残ることを拒みます
この 母親とのセパレーションへの不安は
彼女の特別な事情と 関係があると思われます
それは 現在父親が交通事故で入院していて
祖父も 癌末期において入院中であるということ

学校恐怖症が 一種の「わがまま」と考えたら間違いです
「宿題を やらなかったから」
「数学の先生が嫌いだから」
だから 学校へ行きたくない・・・
そういう場合は 「勉強をしない」という消極的抵抗を試みるか
または学校をサボって 外で遊んだりします
いわゆる「faire l'école buissonnière
仲間達とうろつき 映画を見たり釣りをしたり 楽しい時間を過ごす事ですが
l'école buissonnière は 至福の時です

それとは対照的に 学校恐怖症
学校の門を入れない程の 強い不安恐怖を味わいます
学校恐怖症は しばしば特別な事情から始まります
いじめっこのグループや 先生への恐怖など・・・
そして少しずつ 
学校が 全ての危険の起きる場所に見えてきます
この恐怖が全体に広がり 何も学ぶことが出来ない程にまでなるのです
学校恐怖症を 軽く見てはいけません
時には 深刻な人格障害精神分裂症の初期を示していたり
時には 軽い症状の末に 深刻な障害があったりします

私は この恐怖心は「」の観念の一部であると考えます
学校恐怖症の子供達に 話を聞きながら気付いたのですが
彼らの多くは 多かれ少なかれ
近親者の死に直面しています
偶然にも 学校恐怖症は多くの場合 
CP(小学校)への入学時か コレージュ(中学)入学時に始まります
それは「死」が不可逆なものであることを理解し
彼らの両親にも起こりえる事であると 考え始める年齢でもあります
学校へ行かないことは 両親と一緒にいる一つの方法なのです
まるで彼らが 両親の死を妨げられるかの様に・・・

そして思春期の始まる11歳頃では
「死」への観念が 新たに強くなります
年老いていく両親を見ながら 彼らの死の可能性を知っている
そしてさらには 自分自身も死ぬ可能性があること認識します
彼らは 自分の生命をコントロールしようと
よく死のゲームをしたりもします
死は 最終的セパレーション
離れる事を 余儀なくされます
思春期の子供達にとって親離れは 望んでいる事でもあり
同時に不安でもあるのです
コレージュへ行かないことは 両親と離れないことであり
永遠の保障の中に留まる事
退行する若い青少年は 時が過ぎて両親が永遠でないことを見ない様に
フュージョナーでいようとします
親の「死」を追い払う為に 親にくっついていようとします

学校恐怖症は 間違いなく
子供が 大人への新しいステップにアクセスして成長することが
出来ないことを 表しています
学校へ行くことを拒む 子供を前にして
両親は しばしば途方にくれます
彼らは まず「学校」 
特に「先生」が 子供に合っていないのだと思います
それで 学校を変えたりします
でも また恐怖は始まります
今度は親達も 原因は学校ではなく 
子供自身」であると 漠然と認識しますが
子供が「演技しているのでは・・・」と疑い
取引しようと試みます
「学校へ行くなら テレビゲーム (または子供の欲しがっている物)を買ってあげる」
しかしながら それでは恐怖を一掃することは出来ません
さまざまな方法で「頑張る事」を試みる事は役に立ちません
学校恐怖症は 常に親と子の間の緊張と喧嘩の元になり
家族関係が悪くなる危険性があります

反対に 一時的に就学をやめる事を認めることです
学校から離れても 教育を受けることは出来ます
子供は勉強することが嫌いなのではなく
学校へ行くことが 出来ない」のです
なので子供が学業を続けられるよう 助けてあげなければいけません
中学校の先生と協力して 自宅に補習に来てくれるアソシエーションも有ります
同時に 子供が少しずつ親離れ出来る能力を獲得出来る様に助けることです
Hopital de jour の様な安心出来る所で セラピーを受けながら
彼等の恐怖を 徐々に無くすようにすることです
  学校恐怖症は 近代の流行病のようです
おそらく昔にも 同じ症状はあったと思いますが
今日程学校やディプロムが重要では無く
(今日学校教育から離れることは 人生において失敗で 
将来に何も希望できないと思われています)
恐怖症児は 職人になったりしました

他に もうひとつ 
おそらく この流行病の原因と思われるものがあります
それは 昔より良くなった親達
より注意深く より理解があり より対応してくれる親達
冗談の様ですが・・・
どうやって こんなに良い親達を捨てられるでしょう・・・
どうやって あなた達の必要と要望を 
いつも満足させてくれようとする親達と 別れることが出来るでしょう・・・
それが今日の幼児・思春期の子達が 直面する問題です
どうして フラストレーションのリスクの方を取るでしょうか?
両親が 彼らを満足させるべく
常に出来るだけのことをしてくれるのに・・・ 
家族のから出たいと思わせるには 
家族は 「不足を作る事」を知るべきです


庭には 薄紫のシャクナゲが 今咲き始めました 
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大輪のクレマチスも 淡い紫
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by happiness-girl | 2010-06-12 06:47 | 子供の心・親の心
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           Marcel Rufo   マルセル リュフォー

3.フュージョン(母子融合)を引き延ばす試み
人よりも心配性だから・・・?
自己への信頼を得る為に必要な愛情を 十分に得られなかったから・・・?
時々 自立へのステップを越えられない子達がいます
行動や身体的症状に表れたり
成長への困難を示す後退を見せながら
親にくっついていようとします
     ・・・・・・・・・・ フュージョナーへの道 ・・・・・・・・・・
フロリアン 12歳
遠慮がちで 少し臆病な様に見える彼は
私に まず表明します
「僕は 慢性的うつ行動障害を患っています」
驚いたことに 
自分の症状について のっけから診断を下しているのです
まるで精神病分類表DCM IVを 熟知するかのように・・・

先に話しておきますが
彼は 少し前に 精神科入院していて
慢性的うつ」と診断され 抗うつ剤を投与されています
症状は相変わらず悪く 学校へも通えないところを見ると
成果は 無かったようですが・・・

少年は 事がどんな風に始まったのかを語ります
ある日 彼を尊重しない学校を罵りながら 
校庭で ぶつぶつ言っていると
ある先生が 彼を蹴飛ばしました
彼が それを嘆き訴えると 
両親も生徒達も 誰も彼を信じません
皆は彼を「いい加減な事を言う妄想家」と責め
仲間達に いじめの対象とされてしまいます

最終的に両親は 彼を internat アンテルナ(専門入所施設)へ入所させます
両親に見捨てられたと感じたフロリアンは 苦しみました
両親は彼の言う事を認めず 彼に酷いことをした先生の肩を持ちました  
彼は 自分が罰せられたように感じます
アンテルナでも 彼の学校恐怖症は改善しなかったので
病院の精神科に 初めて入院・・・ 
そしてその後 私に受診する事になった訳です

彼の意に反し 彼が描写している症状は 
私が< フュージョナーへの道 >と名付けている症例と思われました

全ては 彼が小さかった頃の喘息の発作に始まります
フロリアンは 発作が起きた時の事を まだ覚えているのですが
母親は彼を腕に抱え 
まるで これが最後の呼吸になるかもしれないように
心配そうに彼を伺いながら 呼吸が戻るのを見ていました

この喘息による呼吸困難は フロリアンの心に死への恐れを築き
死から守ってくれるべき両親・・・ 
その両親との別れへの恐れ へと続きます

喘息は 他の障害のように心身相関を問われています
心理現象により 病気は発症するか・・・?
喘息は 間違いなくそうでしょう
もともと気管支に 弱さがあるのでしょうが
心理現象は その身体的弱さを病気に変えるのです
言い換えれば 
心理現象は 病気をつくりはしないけれど 
敏感で病気にかかり易い部分を 刺激するのです

フロリアンにとって 死への恐れ・両親との別れへの恐れは
その後 学校へ行く事への困難となって表現され
学校恐怖症を引き起こします

両親が選んだ 専門施設への入所という解決法
(昨今 多くの精神科医が勧めますが・・・) 
本質的には アド(青少年)の為で
関係が酷く衝突している家族から 
子供を遠ざける事が 望ましい場合に有効です

私がフロリアンに出合った時
彼は 彼の<行動障害を伴なった慢性的うつ>に執着していました
彼は自ら彼の病気になり その病気が生活を侵略していったのです

私もやはり 彼に自分の病院への入院を勧めながら・・・
でも薬物治療はしないことを 明言します 
「君は狂気でも 病気でも無いと確信している ただ少し弱いだけ・・」 
と 私が言った時
彼は 涙声で
「僕は泣きたいです・・・ メルシー ドクター・・・」

フロリアンは 
最初にアンテルナへ入所させられた時 見捨てられたと感じ
その後再入院させられた時には 殆ど両親に逢えない病院
再度見捨てられた思いをします

昨今 いくつかの精神病の入院治療において
両親とのコンタクトは 数回の電話でしか許されていません
フロリアンは 専門家が表現するところの 
へその緒を切る>べき と 判断されたのでしょう・・・
しかしながら 徹底的な両親とのセパレーションは
彼の病的な恐怖心を強めたようです

彼が 続けて両親に会えるようにしなければいけませんが
息苦しい関係を 少しずつ緩和する事が出来る様
ニュートラルで安心できる環境にて 
両親との距離を少し置いての方が 良いでしょう

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by happiness-girl | 2010-05-10 20:42 | 子供の心・親の心
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           Marcel Rufo   マルセル リュフォー

       ・・・・・創り話をする術・・・・・

6歳半になるソフィーは 自分が学校で不幸だと言う
なぜなら 読み書きの学習が良く出来ないから・・・
そしてまた 厳格というよりも攻撃的な父親が彼女に
「勉強しなければ もう好きになれない」
と繰り返すので 益々不幸だと・・・

少し引いた感じの母親は 何も言わず 
父親について取り成す事が 必要とも思っていないようである

ソフィーと二人きりで話した時 彼女が私に語るに 
不幸の中にも 彼女には心の太陽となる人がいるらしい
それは 父方の祖父
愛情深く 親切で素晴らしい人物
アルプスのどこかで ミツバチの巣箱を3個も持っていて
モン・ブランのハチミツを作っている
その白蜜は とても美味しくて 
幼い女の子には いろいろと効用があるらしい

パピー(おじいちゃん)は 彼女の勉強を助ける為にハチミツを少しくれる
母親は 彼女がそのハチミツを食べると勉強が出来るようになると言う

祖父は 巣箱の仕事が無い時 孫娘の面倒を良く見る
「時々 私のかわりに宿題をやってくれるの
 これ 秘密なんだけど・・・
 私が悪い点を取った時って 私が間違えたんじゃないのよ
 でも私・・・ パピーが間違ったって言えないし・・・」
と私に打ち明ける

ある日ソフィーは 憤慨した様子でセラピーに現れる
祖父は意地悪だと 訴える
「だって やっぱり私のパパのこと好きだし
 もし 私がこれからも聞き分けがなく勉強しないのなら
 もうハチミツをくれないし 
 パパと同じように 私を好きじゃあ無くなるって」

理想的な祖父のこの態度に 驚いている私に 
ソフィーは 彼が病気であることを説明する
「もう直ぐ死ぬのよ・・・
 パピーが こんな事を言うのも
 きっと私に「自分は親切ではない」と 思わせる為なのよ
 そしたら パピーが死んだ時 
 私・・・悲しくないでしょう?」
 
私は直ぐ ソフィーの父親母親に来てもらうことにしました
セラピーでの彼女の進歩を話したりする為 
定期的にしていることなのですが

私が祖父の様子を尋ねると
ソフィーのパパは 呆然としました
彼の父親(=ソフィーの祖父)は 彼が生まれると直ぐに亡くなり 
彼は 父親を良く知らないということなのです
        ・・・・・・・・・・・・・・・・
子供は皆 創り話をする
自分自身に向け・・・ 時には他人に向けて・・・
彼等の幻影の世界へ 他人を巻き込もうとする

子供が嘘をついた時 
うそつき」と悪く言うのは間違っているでしょう
私にとって「」は健康のサインです  
素晴らしい精神の発達の バロメーターであるのです

創り話をする事により 
彼等は 自由である事を主張しているのです
自由に人生を想像し 
両親やショックな真実 そして現実の自分から距離を置く
創り話をする事で 
彼等の思考彼等のものだということを 見せるのです
もし両親が 直ぐ苛立って
「いい加減な事を言うのは やめなさい!」と叱るとしたら・・・
それは ただ子供に操られるのが怖いというのでなく
子供が彼等から遠ざかり
彼等の支配から逃げ去るという事を
漠然と意識するからではないでしょうか

そうです
嘘」精神的自立を示し 
セパレーションへの道に必要なステップを作り 自己を確立します

いい例は 全ての子供が5~6歳頃にでっち上げる ファミリー・ストーリーです
彼等は大抵 王様の息子か娘で 
そこではのイメージを修正理想化する事が出来ます

ファミリー・ストーリーは 年齢を経て失われ 
青少年期になると 
彼等は イメージした事と現実との違いに
しばしば 両親を批判したりします

もちろん いろいろな種類の「」があります
自由への嘘 
  それは適応する為に 世界を再構成する事が出来ます
 「私が世界を考える だから世界は私の物」
代償獲得へ嘘
 「私はとても強い 私は競争で皆に勝った」
  自分への自信不足から 興味有る自分へと変わる試み
自己防衛への嘘
  子供の全てを知りたがる 心配性の両親に対して 
  自分の私的な領域を 防衛する為
病的な嘘
  嘘によって 他人を操ろうとするもの

ソフィーの場合
ポエティックな人間との繋がりを 創り上げる事が 
現実の父親との不満足な関係を 充足し耐えやすくしています
攻撃的な父親から自分を守る為に この想像の人物が必要で
理想的な祖父に 父親像を求める 
愛情優しい言葉を 投影しています
彼女の嘘は 精神的な傷を治すバンドエイドのような物で
発達を妨げるものでは無く
彼女があまり苦しまずに自分を構築する 支えとなっているのです

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by happiness-girl | 2010-05-09 07:13 | 子供の心・親の心
「 Detache-moi ! 」     「僕を解き離して!」 
Se separer pour grandir   成長する為のセパレーション
       Marcel Rufo  マルセル リュフォー

2.成長する・・・ それは別れ
誕生後 最初の数週間に置いて とても重要だったフュージョン(母子融合)は
終わりを告げるのが良い
第三者(最初は父親ですが)が 二人の関係に介入し 
違った空間を創る事により
母子は 互いに少しずつ離れる事を学びます
子供の精神発達は 離れること=セパレーションにより促されるのです
離乳・歩行・言語・オムツ離れ・・・ 
これらの相次ぐ喪失は 
子供に新しい領域自立を 獲得させる事になります

     ・・・・・父親は フュージョンの壊し屋・・・・・
Martin  マルタン 6歳 
彼は 僕に打ち明ける
「僕の秘密を言うよ・・・
 僕は幼稚園で 女の子としか遊ばないんだ」
彼の両親は 息子がフェミニン過ぎて
ホモ・セクシャルではないかと 心配しています
マルタンは 彼と強いフュージョンに生きる母親との関係により
強固な女性的環境の中にいます
母親は 荒廃した子供時代を生きてきた様で
生後直ぐ捨てられ 里親家庭を転々とし
何度も虐待されました
その後 生みの父親を見つけることに成功しましたが
彼からも 虐待されます
最初の結婚は不幸に終わり 今のマルタンの父親に出会いましたが
その後直ぐ 何度もの手術が必要になる子宮腔の病気を発見
同時期に授かったマルタンは 彼女にとって掛け替え無く 
自分の不幸な子供時代を補修できる チャンスであるかのように思います
彼女は子供と 今まで誰とも出来なかったフュージョンを味わいます
全く側に居なかった 自分の母親とは違い
自分には 子供の側にいる母親であることを強いました
彼女の人生に置いて 男性 
時には危険な存在でした
母親が 過去に受けた心的外傷によって 
マルタンは 男性となるべくモデルを得られなかったのです
後に母親を裏切るであろう 男性になる為の・・・
父親はというと 社交的で優しい男性のように見えますが
妻と子供のカップルから 少し離れているようです
彼がそれ以上干渉しないのは 過去に彼女の身に起こった事により
彼女には フュージョンと愛情が必要であると思っている為
この状況を改善する為に= 
マルタンが母親から離れる為には・・・
父親が その立場に戻らなければいけません
今までしなかった 母と子を引き離す父親の役目を果たしに
マルタンは 言います 
「お父さんとは・・・? 何もしなかった・・・」

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by happiness-girl | 2010-05-06 17:31 | 子供の心・親の心
児童精神科医であるマルセル・リュフォー
特にアドレサン青少年を診察しています
15歳になった我が息子は まさにアド真っ最中
今 マルセルの書いた本の中でも特に気になった一冊を読んでいます

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Detache - moi ! 僕を 解き放して !
 Se separer pour grandir  成長する為のセパレーション」
    Marcel Rufo マルセル リュフォー
 
1.始まりは フュージョン=母子融合だった

フュージョン(母子融合) それは妊娠期間中のみでなく
子供が生存の為に母親を必要とする 最初の数週間まで続きます
誕生は 最初のセパレーションではありませんか?
赤ちゃんと母親を繋げるへその緒が切られ 心理的・象徴的に見失う
それから 母親による授乳や 様々な世話によって 
赤ちゃんは 少しずつ自己の存在を自覚していきます

     ・・・・・ 早過ぎる セパレーション ・・・・・
もうすぐ6歳になるラファエルは 良く話せません
彼は言葉につまずきます
まるで言葉が出てくるのを拒んで 動かないかように・・・
彼の吃音は 言葉を覚え始める18ヶ月の頃から始まりました
彼が 初めて僕のところへ来た時 
今までの生活について 何があったのかを訪ねても 
彼は答えようとしませんでした 
以下 母親によって語られます

彼が18ヶ月の時 
母親は酷いやけどを負い 長い入院をします
子供と親達を引き離してはならない事を やっと理解した病院
ラファエルは 母親に面会する許可を得ました・・・が 
彼は毎回 母親を激しく叩きました
早過ぎるセパレーションが この小さな男の子に 
決定的な心的外傷をもたらした事は明白で
母親に対する攻撃性と 吃音の原因になっています
18ヶ月頃は 反抗期でもあります
この時期の子供達は 自分が親達と離れ自立している事を主張する為
何にでも「ノー」と言いますが
ラファエルは「ノー」と言う変わりに 母親を叩きました
母親を罰するかのように・・・
「病気になるなんて意地悪だ まるで僕を見捨てるように 入院するなんて・・・」
母親の不在に起因した 母子関係の欠乏を 
母親を叩くことにより 埋め合わせようと努力しているのです

彼の攻撃性は 言葉よりも フィジックに現れました
母親との早過ぎるセパレーションによる 心的外傷を 
言葉に置き換える事が 出来なかったのです
以来 彼は言葉保留します
まるで言葉を失う事を 恐れるかのように・・・
実際言葉は 驚くべきセパラテュールです
話す事を覚えながら 子供は両親から距離を置くようになります
以後 彼等の間には言葉があり 
その言葉によって 子供は遠ざかります
non 」と言いながら・・・
moi 」と言えるようになり  それが
je 」となります

ラファエルは 言葉を抑え 
後退するかのように 母親を彼の側に引き留めます
母親も 入院の為に十分に子供の世話を出来なかった事の自責から
過保護である事を自覚してます
成長する為に・・・自立する為に セパレーションする事は素晴らしい
ただそれは 自然なセパレーションの場合
子供がそれぞれのペースで発達して 新しい能力を取得し
セパレーションの時を 自分自身で感じ取った時であって
例えば母親の入院などは 常に辛く 時にはドラマチックでもあるのです

Winnicott によると 子供の情緒の発達は3ステップ段階があります
ステップ1   身体的にも感情的にも 全く自立していない時期
          この時期の赤ちゃんは それが母親による世話であるかも 
          また<必要>と<不足>の違いも 認識出来ていません
ステップ2 6~18ヶ月頃 人間関係に頼る時期
          母親が居ないと 赤ちゃんは不安で泣く
          自分が母親次第である事に 気付いたのです
ステップ3 2歳頃から 母親のイメージを 取り込めるようになります
          以後母親のイメージや世話をしてくれるイメージを
          頭で保持する事が出来て 
          「母親は自分の世話に戻ってくる」という事が解かるようになります
こうして子供は 特に言語の取得と共に 
人間関係に置いての 自立にアクセスする事が出来る様になるのです
ラファエルが このステップでブロックしてしまってるのは
この主要な時期に母親が不在だった為
「セパレーションは 母に見守られ勇気付けられながらするのがより良い」言えます

ここで重要なのは フュージョンが初めの数ヶ月の間必要不可欠なら
その後は段々に終わらせなければいけないということ
赤ちゃんの求めに 母親は全て答えないようにする事で
赤ちゃんに「自分は母親と違う」という事を認識させる 
母親は「赤ちゃんを常に満足させる完璧な母親」になりたい欲望を捨て
そうする事で 赤ちゃんはフラストレーションを学び
その不足を補う為に 外の世界へ出る事を覚えるのです


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by happiness-girl | 2010-05-04 09:15 | 子供の心・親の心
ここも リュクサンブール公園への路
Rue d'Assas(リュウ ダサス)を 夕方通ると
学校帰りの子供達で いっぱいです
この通りには 多くの学校が集まっていて 
パリ第二大学も この通りにあるのです
Rue d'Assas と平行して
Rue Notre Dame des Champs(リュウ ノートル・ダム・デ・シャン) その間に 
あの有名な私立校「Ecole Alsacienneエコール・アルザシエンヌ」があります
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アルザシエンヌ校の卒業生には 多くのセレブ達がいます 
また そのセレブの子供達が通っていると言われ 
SHOWBIZZ ショービズの学校」とも代名詞される 有名な私立校
私立校としては稀な ライック(宗教から独立した)の学校でもあります

こちら L'Etudiant紙 が出した  2009年パリ市の高校ベスト10 
LYCEE FENELON - SAINT MARIE  (8区)
LYCEE SAINT LOUIS DE GONZAGUE   (16区)
LYCEE LA ROCHE FOUCAULD    (7区)
LYCEE PAUL CLAUDEL    (7区)
ECOLE ALSACIENNE    (6区)
LYCEE DES FRANCS BOURGEOIS    (4区)
LYCEE VICTOR HUGO     (3区)
LYCEE HENRI IV     (5区)
LYCEE  LOUIS LE GRAND    (5区)
全校BAC合格率100%
ただこの数字 その通りには評価出来ないかも・・・
合格率を上げる為に選ばれた生徒 少数精鋭・・・
中途で振り落とされる 子供達もいるようです
私立校を追い出されたあと 中途での公立校への入学は難しいらしいし・・・

こちらはL'EXPRESS 紙の ここ5年以来の資料を下に出したランキングです
1   LYCEE SAINT-JEANNE ELISABETH   (7 区)
2   LYCEE SAINT-LOUIS          (9 区)
3   LYCEE VICTOR HUGO         (3 区)
4   LYCEE SAINT-PIERRE - FOURIER    (12区)
5   LYCEE GERSON             (16区)
6   ECOLE ALSACIENNE          (6 区)
7   LYCEE NOTRE DAMME DE SION    (6 区)
8   LYCEE PAUL CLAUDEL          (7 区)
9   LYCEE MASSILLON           (4 区)
10  LYCEE SOPHIE GERMAIN        (4 区)

以下 アルザシエンヌ校へ子供を通わせたい親が ネットで投げかけた質問に 
この学校へ通う または通った子達が答えています
Q 「エコール・アルザシエンヌの教育レベルは どうなのかしら 
  授業料が高額なのでちょっと悩んでますが 見合う内容かしら・・・」
A 「確かに高額ですが 他の「Sous Contrat 」の私立校も同じでしょう
  そのアヴァンギャルドな教育方針と 極上の教育機関として有名ですので
  その経歴は 名刺として将来役に立つでしょうし・・・ 
  通わせてくれた両親に 感謝しています」
A 「教育方針は 成績優先というのではなく 
  科学であれ 芸術であれ 音楽であれ     
  個々の得意分野を伸ばす事を優先します
  私は卒業後に 他と比べて その教育方針が良かった事を感じました
   特に教師陣のレベルは高いです
   でも もし数学やフランス語の成績のレベルランキングを気にする親であれば
   6émeからHenri IV 校へ行かせた方が良いでしょう」
A 「レベルは高いと思います 
   私は その後大学で物理・化学を専攻しましたが
  一年生での授業内容は
   もう既に アルザシィエンヌのテルミナルで学んでいました」
A 「生徒指導が最高に良いと思います
   何も問題が無い時でも 定期的に両親を交えた面談で
   学校生活は順調か・・など よく気を使ってもらいました
   もちろん服装などは 常識的にきちんとしてます」
A 「給食もとっても美味しいけれど 有料ですよ・・・」
A 「数多くの課外授業が充実しています
   観劇へ行った時の事が とても良い思い出になってます
   旅行も 何度も企画されてます」
A 「問題もいくつかありますが 近年 学長にMr. de Panafieu を迎えたので
   よりよくなる事を期待出来るでしょう」
A 「セレブの子供達? 私は一度も一緒になった事はありません
   確かに 何人か在籍している事は聞きます
   でも皆 私達と変わらない子供達ですよ」
A 「中には Zadig & Voltaire , Cheap Monday , Vanessa Brunoのバッグ など 
   高価なブランドを着ている女の子のグループもいますけど
   H&Mの子もいますし」
Q 「CPから入れるべきかしら・・・それとも途中からでも大丈夫?」
A 「私は4emから入りましたし 問題は無いと思いますが・・・ 
   もちろん書類審査や面接 テストもあります
   でもCPからの入学の方が 席の空き状態などの点で入学しやすいと思います」
  「それに 両親のうちどちらかが卒業生であるとか 
   地区在住の子供達が 優先になります」
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
話は かなり飛びますが・・・

あのマヌカン出身のデザイナー(今は何がタイトルなのか知りませんが・・・)
イネス・ドュ・ラ・フレサンジュが 娘達をこの学校へ入学させたと聞いています
彼女の長女 Nine (ニヌ)は 94年生まれ
うちの息子と1歳違い(・・・といっても息子は1月生まれなので同学年かも)
イネスが娘に買っている服は「サントロップ(Saint-Tpopez サントロペ)ブランド」
このセレブの街 サントロぺ近郊出身の彼女は 
気が向くと・・・まるで夕飯のお買い物をするかのように
娘と サントロップへ飛ぶらしいです(もちろん飛行機)
イネスは「スーパーモデルの第一号」と言われ 世界を魅了したモデルでした
シャネルブランドのミューズで ココシャネル本人に似た容姿
そしてシャネルと同じ獅子座の生まれ
因みに 現在のミューズAudrey Tautou オードレイ・タトゥ
シャネルのイメージでは 無いように感じますが・・?
彼女には 主演映画「アメリー」のひょうきんなイメージが強くて・・・
イネスはモデル引退後 自身のブランド「Ines de la Fressange」を設立
人気を得ましたが やめて
現在は ジャーナリストをしているようです

フランス貴族「ラ・フレサンジュ家」の出身であり 
「Showbizz」のセレブでもある彼女が
フランス国家の象徴である 「マリアンヌ」に選ばれた時 
シャネルとの専属契約を捨て 彫像の為にポーズをとったという 
なかなかの愛国家

結構辛らつな事を言う人でもありますよ
ずっ~と前に「パリ セ・ラ・モード」という人気番組がありました
そのキャスターであった 女性モード・ジャーナリストが 
あるジャーナリスト賞を受賞しました
その受賞式に 親友ということで呼ばれたイネス
ダイレクトでインタヴューされます
司会者 「彼女の受賞をどう思いますか?」
イネス 「そうね 良かったと思うわ・・・
     ねえ 彼女どうやって受賞してか知ってる?
     実はね・・・彼女 寝るのよ・・・ウフ」

これが親友の言う言葉かしら・・・?
親友の言葉だけに辛い・・・  真実味大・・・

受賞した本人は もちろん笑い飛ばして
「ノン・ノン・・・あれは冗談 寝てないわよ」

でも晴れやかな受賞にも関わらず 
その後 番組のキャスターは替わり
以来 彼女をテレビで見ることは ありませんです・・・ハイ


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by happiness-girl | 2010-03-15 19:40 | 子供の心・親の心
先日の パリ7区散策では 
思わぬ出会いが もうひとつ
バビロン通りの 新しい顔Ecole Montessori (モンテッソリ 幼稚園)
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あの有名な幼児教育メトッドに基づいた 養育機関(幼稚園)ですが
Ecole Montessori Rive Gauche(リヴ・ゴーシュ) と書いてあります
そういえば・・・ これまで左岸には無かったかも

パリ近郊で初めて設立された モンテッソリ・メトッド幼児教育施設は
ヴァンセンヌに近い サン・マンデの街だったと記憶してます

その後 モンテッソリの養育理念に基づいた幼稚園は いくつかありますが・・・

ともかく 左岸に在ると
このRive Gauche (リヴ・ゴーシュ)を 名付けたがるものです・・・
リヴ・ゴーシュ = シックという 意味にもなります

シック = 落ち着いた感じ・・・と思うかも知れませんが
フランスでは シック =高価= 金持ち・・・なのです

エコール・モンテッソリの紹介をしますと
イタリア生まれのMaria Montessori マリア・モンテソリ(1870~1952)は
イタリアで 医学部入学後 医者になった 初めての女性です
最初の仕事で訪れた精神病棟で 
玩具も何も無い部屋に閉じ込められている 知的障害の子供達に出会い 
ショックをうけます

1899年 ローマの知的障害児達の為に 学校を設立
実践による試行錯誤を繰り返しながら 療育メトッドを築きます

1901年 大学に戻り さらに哲学と心理学を専攻し
1907年 サン・ロレンツォに 最初の療育機関を設立します

彼女は 知的障害のある子供達に ミラクル的発達を実現した後
全ての子供の養育にも 尽力する事を選びます
彼女は 子供達が 
「個性を生かした 幼児教育を受ける権利」を持つ事を知らしめた 
最初のひとりでした

今では 誰もが知っていますが
「幼児期が 人間の発達においての基礎を作る重要な時期」
ということを 提唱したのです

それぞれの子供の個性やリズム 生活環境を尊重しながら
子供達に 努力して学ぶ喜びを与え 
教育を受ける基礎を取得させる事を 目的としています

独自で開発した 知育玩具とメトッドを用い 
集中力や 体の動き・手先の器用さを発達させ
規則や他の子を尊重する事の出来る 自立心を促します

他に絵画・植物・絵本・音楽なども 専門の先生を交えながら楽しみます
 
このメトッドは人気を得て 
イタリア全土からヨーロッパ そしてアメリカへと広がります
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ということですが・・・?
昨今の事情か? ここでも英語教育が毎日1時間
やはり バイリンガルを目指しているのでしょうか
もっとも この界隈には英語圏の家族が多いのかも知れません

私達が6区に住んでいたときに 託児所で出会ったイギリス人のお母さんの言葉
「わざわざバイリンガルの学校へ入れなくたって あのサン・ブノワの公立小学校には
私達イギリス人の子供とか 英語話す子達でいっぱいよ~」・・・ですって

ところで この幼稚園での特典かも・・・
お散歩には バビロン通りにある あの箱庭へ行ける・・・?

月謝が また素晴らしい(まあ良い私立ではこの位するでしょう・・・)
9h~12hの半日で 500ユーロ 
一日なら 16hまで 620ユーロ
お弁当は持参 給食を食べる場合は 1食6ユーロ
6ユーロって カフェでグラスワイン付のランチ・メニューが食べられるのでは
さぞかし美味しい給食でしょうね   

因みに 上流?フランス人家庭の子息達が行く
全寮制の官吏養成校も ここ7区にあるという事です
お月謝は 一般人のお給料1月分位

私達には関係ないことですが・・・はい



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by happiness-girl | 2010-03-08 19:22 | 子供の心・親の心

パリの自然とエレガンスを紹介


by happiness-girl